アンリ・ルボン

 フルーティスト、アンリ・ルボン(Henri Lebon)をご存じですか?

 1930年パリ音楽院のゴーベールのクラスを主席で卒業、シャンゼリゼー劇場管弦楽団、ギャルド・レピュブリケーヌ(吹奏楽団)やクリュイタンス指揮のパリ音楽院管弦楽団で活躍。1961年11月のギャルド・レピュブリケーヌ来日時には「牧神の午後への前奏曲」のソロで日本の聴衆を魅了。杉並公会堂で録音された同曲はCD(東芝EMI TOCE-3178 /'98年)にも復刻され、へたなオーケストラよりはるかにすばらしいドビュッシーの世界を聴くことが出来る。

 *ちなみにこの時の指揮者(楽長)フランソワ=ジュリアン・ブラン(F=J.Brun)もフルート吹きで、1928年にゴーベールのクラスを出て、ギャルド、フランス国立放送管弦楽団、パリ音楽院管弦楽団のソロイストを勤め、1938年にはウィーン国際音楽コンクールで第1位受賞。1945年からギャルドの楽長となった。(同期がラトー、ペパン)

 ルボンのことを調べようと思うのだが、なかなか資料に出会わない。深尾須磨子が随筆中(https://marcel-moyse.amebaownd.com/posts/7775344)で「弟子仲間」という表現をしているところを見ると、ルボンはゴーベールのクラスを卒業後、モイーズに個人的に師事していたようだ。ひょっとすると、多忙なゴーベール氏に代って在学中もモイーズのレッスンを受けていたかもしれない。モイーズも「優れたフルーティストは?」という問いに「ルボンそして息子のルイ」をあげていた。ルイ氏が1932年、教授就任初年の父のクラスを卒業しているのでルボンは1910年前後生まれであろう。そういえば、ルボンは洋銀のCouesnonを使用していたようで、フルートの音色もルイ氏と大変よく似ている。

 ルボンのこと、なんでも結構ですからご存じの方は、是非お教えください。<(_ _)>

(2000年2月12日室長Kirio)


<補足> 研究員情報により追加・・・(2000年2月14日)

 【ルボン来日時のお話】 「吉田雅夫氏が芸大教授のとき、かねてから素晴らしい笛吹きとの情報を得ていたルボンを、彼の所属楽団の来日に合わせ、芸大に招聘し公開レッスンをされました。

 その公開レッスンは、小ホールほどの広さの会場で行われました。しかし、レッスン中に吹いたルボンのフルートの音は、ホールやレコードなどで聞くルボンの音ではなく、「シャーシャー(シャーリング)」したガサガサの音であったらしく、吉田氏や受講者など関係者はがっかりしたそうです。

 吉田氏は、きっと今日はルボンの調子が悪いのだと思ったとのこと。

 ところが、公開レッスン後に東京の大ホールで楽団の中で吹いているルボンの演奏を聴くと、音色があまりに良いので、これまた驚いたとのこと(ルボンの音が大ホールでは甘く色気があり、会場のすみずみまで、よく通っていたらしい)。

 後日、ルボンに確認したら、『公開レッスンのときも大ホールでの演奏のときも調子は良く、公開レッスンでは本番と同じような感じで吹いていた』ということらしい。」


<室長より>これは、いつ頃の話なんでしょうかね?ギャルド来日時とすると1961年ですね。しかし、わかる気もします。それだけ、当時の日本のフルートは「四畳半チック」であったのでしょうね。いえ、当然吉田氏にしろ頭ではわかっていたのでしょうけど、フルートを大きなホールでたっぷりと聴かせる吹き方、あるいはそういう時の音色感はわからなかったんでしょうね。トランペットのモーリス・アンドレなんかも至近距離で聴くと「シューシュー」とガス漏れみたいな音だったと聞きます。マルセル・モイーズはどうだったんでしょう? スタジオ録音である小品などのディスクを聴いても、そのあたりの情報はなかなか聞き取れません。しかし、膨らみのないカチカチな音ではないようですね。これはかえって大きなホールでのライヴ録音を聴くと、そう実感できます。けれど、ルボンや息子のルイと比べると、もう少ししっかりとしたアーティキュレイトを感じます。もう少し「濃い」音だったんでしょうね。 


マルセル・モイーズ研究室

20世紀最大のフルート奏者の一人とも称されるマルセル・モイーズの足跡を辿るサイトです。 「私の死後にも、音楽への敬意という伝統をフルートを吹く人々に残してゆきたいものだ」 マルセル・モイーズ (スマホの方は左上のメニューバーからお入り下さい。)