ジョルジュ・ティル

Georges Thill

ジョルジュ・ティルは1897年12月14日、パリのシモン=ルフラン街で生まれた。1918年、パリ音楽院のアンドレ・グレスのクラスに入学。1921年から1923年までナポリに留学し、フェルナンド・デ・ルチアに師事し、ベル・カントの奥義を学ぶ。1924年、パリ・オペラ座のオーディションに合格し、オペラ座付き歌手となり「タイス」のニシアス役でデビューする。1928年には「カルメン」でオペラ・コミック座にデビューし、1953年にオペラ・コミック座での「パリアッチ」を最後に引退するまで、華々しい活躍をする。第二次世界大戦の直前頃には、いくつかの映画にも出演している。

 モイーズとティルは、1930年を中心にその前後、パリ・オペラ座、オペラ・コミック座で同じ舞台を経験している。(もちろんモイーズはオケピットの中であるが)これを裏付ける文献は見たことがないが、モイーズの Tone Development Through Interpretation (McGinnis&Marx社)の中に収録されたオペラのアリアの中に、ティルがSPレコードに吹き込んだ、あまり有名でない曲がいくつか見られる。

 そのアリアとは、歌劇「フォルチュニオ」~「灰色の家」(メッサージェ)、歌劇「サフォー」~「ああ、我が故郷は遙か遠く」(マスネ)、歌劇「風車小屋攻撃」~「深い森よさらば」(ブリュノー)だ。

 モイーズはアメリカに移住後、Tone Development Through Interpretation の中から数曲を選んで録音し同名のLPをプライベート盤で発売している。これは、現在ムラマツのCD全集のDisc2に収録されている。

 このアルバムの冒頭に置かれたのが、メッサージェの「灰色の家」なのである。モイーズはティルより少しテンポを落としているが、デリケートで、しかも張るところはきちんと張ったティルの歌唱を見事にフルートに置き換えている。続く2曲目、3曲目が「サフォー」「風車小屋攻撃」のアリアで、この2曲はティルのSPでも裏表1枚に収められている。モイーズもティルのこのSPを愛聴していたことは間違いない。このTone Development Through Interpretation にはモイーズが自分の手本とした音楽家の印象的なレパートリーが多く含まれている。モイーズがインタビューなどでティルの名前をあげているのを見たことがないが、この3つの曲がアルバムの冒頭部分に置かれていることから、ジョルジュ・ティルというテノールをモイーズはずいぶん気に入っていたと想像することが出来る。

 そして、ティルの全上演記録を調べると、ティルは上記の3つのオペラのステージには立ったことがないということもわかった。つまりモイーズは、この3つの現在、あまり知られていないアリアをディスクで知ったか、あるいはその録音の現場にフルート奏者として参加したかのどちらかだということだ。そういえば「サフォー」のアリアで、後半に主題が戻ってくるリフレイン部分のティルのバックで、フルートがしっとりとしたオブリガートを聴かせている。ひょっとしたら、このフルートがモイーズだったのかもしれない。


 ティルのSP盤復刻はLP時代から東芝EMIのGRシリーズやロココレーベル、フランスのEMIなどから出ており、さほど珍しいものではなく、CD時代になってからも輸入盤で時々みかけることがある。

 東芝EMIのGR盤には1930年から37年にかけて録音された、歌曲を中心に「灰色の家」などオペラのアリアが少し収められていたが、リストの「愛の夢」の歌曲版などは僕のお気に入りでしばしば針を落としたものだ。このアルバムの解説でティルについて、石川登志夫氏がこう記している。

 『このレコードを聴いてわれわれが感心するのは、ティルの豊かな音量でも、最高の音域まで達する彼の才能でも、デ・グリューからサムソンまで、ファウストからタンホイザーまで、またルドルフからラウールまでを自由に演ずるような世界的なテノール歌手の驚くべき折衷主義でもない。われわれの心をうつもの

 それは、音色の美と均等さ、分節法による申し分のない芸術、表現の正確さ、それに様式の完全さである。』

 この最後の部分は、そのままモイーズの演奏への賛美としてもよい。

モイーズが、いかに同時代の他の楽器や歌手達の表現を栄養に、成長していったのかを知るために、あるいはモイーズとは何だったのかを知るために、モイーズ以外を聞いてみることをおすすめします。

では、例によってとりとめもなく、この章おしまい。

(2000年2月25日 室長Kirio)

ティルが出演した映画の一場面

マルセル・モイーズ研究室

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