モイーズとヒトラー

「Kirioさん、モイーズとヒトラーって同じ年に生まれたって知ってた?」

 先日、ある方からこう言われたときは正直、大変なショックを受けた。4月20日がヒトラーの誕生日だったらしい。そしてヒトラーは今年(1999年)、生誕110年を迎える。モイーズもしかり・・・。

 モイーズが第2次大戦後、ヨーロッパに見切りをつけてアメリカに渡ったのは、モイーズが1941年にヒトラー率いるナチス=ドイツへの協力を拒む形でパリ音楽院の授業をボイコットしたことに端を発しているのは間違いないだろう。そのヒトラーとモイーズが同じ年の1ヶ月違いで生まれていることに、僕は全く気づいていなかった。まったく現実というのは、時としてドラマよりドラマティックなことがあるようだ。

 モイーズの生い立ちについては、いつかどこかで詳しく紹介しなければならないと思っている。それは、決して平坦なものではなかったのだ。1889年5月17日、モイーズはジュラ山脈の懐、ジュラ地方のサンタムールという寒村で、私生児として生を受けた。名前はマルセル、クリスチャンネームはジョセフだ。モイーズの母親はマルセルを出産後わずか9日で亡くなっている。父親はマルセルを引き取らなかったが、ペルティエという女性が自分の子供として育てる決意をし、マルセルは7歳の時に実の祖父が名乗りを上げるまでペルティエ夫人を実の母親と信じていたらしい。この生い立ちを、後にモイーズがヨーロッパ全土を、いや全世界を魅了するフルーティストとなったことと関連づけるべきではないだろう。しかし、僕は全く無関係ではないと思っている。この幼年期については、彼ほどの名声を得た人間は時として隠したがることもあるのだが、モイーズ自身はおそらく誇りにしていた。これは間違いのないことだと思う。しかし、幼年期に受けた様々な経験は本人にも見えないところで、その人間の生涯の行動を左右して行く場合がある。(何も、経験の悪影響を述べたいのではないことは、ご理解いただきたい。僕も愛児と別れて暮らしている身ですから、切に。)モイーズのフルートの音色ひとつとっても、まさにこのことと分けて考えるべきなのだろうか?と思うことがある。あの音色が「奏法」や「楽器」で生まれていると考えるかぎり一切は謎のままだろう。

 このドラマティックなモイーズの生い立ち。そしてヒトラーの生い立ちと終焉。この2つの人生がフランスとドイツでほぼ同時に始まり、あるときナチのパリ侵攻という形で合わさる、そしてヒトラーは自殺、モイーズはアメリカへ船出。よくある手法だが映画になると思った。この企画、どなたか要りませんか?お安くしておきますよ!(笑)

 まったく、この戦争でも人類は様々なものを失ったわけですが、今僕が気がかりなのは21世紀にモイーズが生き残るかどうかです。

 モイーズ生誕110周年を記念して、日本の笛吹きの皆さん!意識を変えませんか?いつまでもモイーズを「神様あつかい」して、それこそ神棚にあげて毎日意味も考えずに柏手を打つような扱いはやめませんか?プロだアマだ言わずに。それこそ「ソノリテ」に一度でもお世話になった笛吹きの方々、私たちの今世紀にとってモイーズの存在とは、モイーズが残してくれたものとはいったい何だったのかを、いま一度考えてみませんか? 奇しくもヒトラーも生誕110周年だということです。本当に勇気を持って物事を真正面から見ないと、21世紀は幸福な世紀にならないのではないでしょうかね。

 近々、あるご提案をするべく案を練っております。このホームページをご覧頂いているプロ、アマの笛吹きの皆様のご協力をお願いいたします。

  とりとめもなくこの章これまで

(1999年4月24日室長Kirio)

マルセル・モイーズ研究室

20世紀最大のフルート奏者の一人とも称されるマルセル・モイーズの足跡を辿るサイトです。 「私の死後にも、音楽への敬意という伝統をフルートを吹く人々に残してゆきたいものだ」 マルセル・モイーズ (スマホの方は左上のメニューバーからお入り下さい。)