モイーズとランパル

『もし、モイーズがモーゼを連想させるmoyseという名前でなかったら。第2次世界大戦後もフランスにとどまっていたら。世界の、フランスのフルート界はどうだったのか?』

 こんなことは、想像しても意味がない。戦時中、ナチス・ドイツへの反発から音楽院で教えることを拒んだあたりで、戦後になってモイーズの名声に陰りが出る布石は打たれていたのだ。しかし、何かの理由でモイーズがそういう道を選ばなかったとしたら?いやいや、そうだとしたら、そのフルーティストはモイーズではない、たぶん別人だ。そういう人だったからこそ、ああいう笛吹きだったのだ。

 僕はジャン・ピエール・ランパルを少年期に聴き、フルート人生へのめり込んでいった。ランパルは好きだ。「アルプス山嶺に消ゆ」の故加藤恕彦氏の才能を認め、育て、応援したランパルの人間性は温かく、素直な人物だと思う。そのランパルこそが『現代のフルート文化隆盛の最高の立役者である』、という人が少なからずいる。その論には一理あるし、確かにそういう面でのランパルの功績が後世に必ず残ることは間違いない。

 しかし、『....だからモイーズではないのだ』という話には「ちょっと待った!」と言いたい。こういう物言いはおそらく当のランパルも認めないだろうが、戦前のモイーズの活躍のベースがなければ、ランパルがフルートを「真のソロ楽器」にした、という業績は成し遂げられただろうか。同時代のフルーティストと比べたとき、モイーズが残したレコードのタイトル数の圧倒的な多さが何よりの証拠ではないか。レコード会社というものは現在もそうだが、売れないものはプレスしない。モイーズのレコードは売れたし、求められた。モイーズにとって追い風があったとすれば、ちょうど録音技術が電気吹き込みになり、演奏のディティールが再現できるようになった時代に、演奏者としての全盛を迎えていたということだ。

 モイーズは偉大なアーチストであったが、同時に大変なアルチザンでもあったと思う。彼が残した数々のエチュードや教則本には、その両方のタイプが存在する。モイーズが有名な「De la Sonorite」や数々のエチュードで見せた、様々な演奏技術の克服へのこだわりと、その一種パラノイア的な手法の綿密さは独特である。しかし、そのモイーズ本人が演奏に向かう態度は、音楽を理屈で解釈したり、音楽史的なデータに依る演奏を第一義に考えるというものではなかった。むしろ、こういう研究はランパルの方が得意なのだ。

 ランパルは、実際の演奏では「フィーリング・インタープリテイション」かと思わせる天衣無縫なところがあるが、実は古い楽譜など様々な資料を集め研究することに余念がない。

 この両者の、音楽演奏に向かう姿勢の違いは面白いと思う。モイーズは、音楽以外のことも何でもこなす器用な人だったようだが、フルート演奏に関して言えば「小器用」ではない。じっくり自分の納得のゆくまで物事を煮詰めないと動かない、田舎者の精神的不器用さ(僕が田舎者だから、この表現は許して欲しい)を感じる。一方、ランパルは器用そうだ。テクニックへのこだわりを感じさせない。しかし、実際の演奏になると自分の目指す表現を的確に実現するのは、モイーズの方が上手かもしれない。アルチザン性質の強みだ。ランパルにはむらがあるが、そこが魅力と直結しているのだからしかたない。

 モイーズの師匠、タファネルもゴーベールもフルートを吹くだけでなく、見事な作曲をし、最後はオペラ座やパリ音楽院管弦楽団の指揮者になっている。モイーズはこの両師を大変尊敬していたようだが、モイーズの歩んだ道はフルート一筋であった。ここで、ひとつだけ「もし」を許されるなら、もしパリでのキャリアが戦後も続いていたら?やはりパリのオーケストラの指揮者となっていただろうか。おそらく、もうそういう時代ではなかったかもしれない。専業化が進み、オーケストラの身内の中からメンバーの信頼を受けて誰かが指揮者となるという、古き良き時代は終わったのだ。そして、まさにフルートの専業化の可能性の礎を築いたのがモイーズだった。戦後、モイーズの去ったパリのフルート界を、再び世界に知らしめたのがランパルだ。確かにランパルのフルート演奏は、モイーズのそれとはずいぶん違う。しかし、違う風が戦後には必要だったのかもしれない。まして、人々も戦時中から戦後に起きた、人間不信につながる様々な事柄の影は見たくもなかっただろう。そういう空気を嫌ってモイーズはアメリカに旅立ったのではないか。こういう言い方は酷だとは思うが、フレンチ・フルートスクールの正統はモイーズがフランスを去ったことで途絶えた。しかし、別の風が見事にフランスに再び吹いた。モイーズが好むと好まざるとに関わらず......。

(1999年3月4日室長Kirio)

マルセル・モイーズ研究室

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