スケールチューニングの原理について

 このシリーズではクエノンのモイーズモデルとそのコピー、または他の設計によるフルートのスケール(チューニング)について語ることが多くなると思われるが、その基本的な原理について確認しておきたい。

 これについて、クーパースケールで有名なアルバート・クーパー氏による説明が大変わかりやすい。ジェームズ・ゴールウェイ著「フルートを語る」(シンフォニア刊/吉田雅夫訳)の中で、「私のフルート製作」という章に氏が寄稿したものから引用してみよう。

 なお、クーパー氏は1938年~1958年までロンドンの老舗ルーダル・カルテ社で働き、フルートの作製や修理について熟練を積んだ後、独立し自分の工房を起こした。新しいフルートのスケールを考案し(この書の著者ゴールウェイ氏もそのフルートを使用していた)、氏の名前を冠したスケールは一時期大変有名になった。


<トーンホールの位置>

 「ホールを歌口の方に動かせば音は高めになり、足部管の方に動かせば低めになります。」

 とあり、トーンホール位置が移動することによる音の高低。これは直感的にわかりやすいですね。


<トーンホールの大きさ(直径)>

 「ホールがより大きく作られていれば音は高めになり、小さく作られていれば低めになります。」

 トーンホールの中心位置が同じであった場合、そのサイズの大小が音の高低に与える影響である。このトーンホールのサイズについては、こういう説明もある。

 「オクターブ全体にわたってサイズの大きいホールをもったフルートを誰もが望んでいるわけではありません。このフルートが力強い低音域と中音域を生むかもしれませんが、高音のオクターブでは音が出しにくくなるでしょう。それ故、私達は三つのオクターブ全体にわたってよりよいバランスをフルートに与えるためにホールの直径を小さくしなければなりません・・・・・・大抵のフルート・メーカーはオクターブの長さの中で三つか四つの直径を用います。」

 つまり、頭部管方向に向けてトーンホールが小さくなる理由は、フルートが3オクターブの音域総てで実用的なソノリティーを得るためだということ。


<トーンホールのチムニー>

 「トーンホールの『チムニー』は音をフラットにする」

 チムニー(煙突)とはトーンホールの壁の立ち上がりのことで、トーンホールのサイズ、位置が同じでもチムニーが高ければ音は低くなり、低ければ音は高くなるということである。


 この他にも、トーンホールに対するキーの高さだけでなくパッド(タンポ)を固定するワッシャーやスクリュー(ビス)が音程を低めにする効果、オープンホール(フレンチモデルの穴あきキー)の影響なども説明されている。残念ながら、日本語訳が氏の原文の主旨を完璧に再現しているとは思えないぎこちなさを感じさせるため、紹介を避ける。興味のある方は原本をご一読になると良いでしょう。

その他クーパー氏の文中にもあったが僕なりの表現で、次の2点を加える、

<頭部管の抜き差し>

 頭部管を引き抜くと(歌口穴を足部管方向から遠ざけると)音は低めになり、頭部管を差し込むと(歌口穴を足部管方向に近付けると)音は高めになる。

 実はこの操作による影響は足部管に近いホールより頭部管に近いホールの方により大きい。しかし、一般には4~5mmくらいまで頭部管を抜いてもフルートのスケールバランスに大きな影響はなく、1mmにつき約1HZのピッチ変動が得られるとされている。

 例えば初心者に多いが、頭部管を1cm以上も引き抜かないとAがチューナーと合わないという場合には、その上のCは低めになり、G以下は下がるにつれ高め傾向になるという不具合が想像される。しかし、そうしなければ所定のAのピッチが得られない奏法の不具合の影響も加味されるため、3オクターブの音域での現実はもっと複雑怪奇なものになる。頭部管を4~5mm程度抜いた状態でメーカーが保証しているピッチ(A=440または442HZ)が得られるような奏法に修正すべきである。

<反射板の位置>

 頭部管の反射板の位置は歌口穴中心から17mmが標準とされており、調整しやすいよう掃除棒にラインを示したものが多い。(Sankyo-Fluteのホームページでは17~17.3mmという記述がある。)

 この寸法が17mmより増えると(歌口穴から奥の方に移動すると)スケールのオクターブが狭く(ホールが頭部管方向に近いほど音が低めの傾向に)なり、17mmより少なくなるとオクターブは広く(ホールが頭部管方向に近いほど音が高めの傾向に)なる。

 この「オクターブが狭い、広い」という表現はクーパー氏の文書中にも表れるが、同じ運指で得られるオクターブという意味ではない。乱暴な表現だが、C管(C調)の管楽器であるフルートの最低音Cから次のCまでの間隔という風に考えてもらってもよい。

蛇足となるが、これと似た現象として、

<歌口穴を下唇でどれくらい塞ぐか?>

 ということもあるのだが・・・

 歌口穴を下唇でより多く塞ぐほどオクターブが狭くなり、少ないとオクターブは広くなる。

 実は、フルートの「楽器の設計」を語る時、他のあらゆる管楽器と比べてやっかいなのはこの点ではないだろうかと思う。リード楽器や金管楽器は、発音部分はリード、マウスピースで塞がれているのだが、フルートはエアーそのものがリードの役割をはたすため、歌口穴は完全に塞がれずに空気が流通する状態にある。この塞ぎ具合や空気の流通状態によって、楽器のスケールの状態は微妙に変化してしまうのだ。

 各種の教則本には、塞ぎ具合を歌口穴の1/3だ、いや1/2だとあるが、実際にはその楽器がどういう設計か?によって左右され、正しいオクターブ(C´→C″)が得られるように塞ぐことが必要となる。(これは、その奏者が思う「良い音」が出るポジションが必ずしも設計上好ましいとは言えないということを意味する。)逆に言えば、オクターブが広い楽器はオクターブが狭い楽器より、基準となる設計ピッチが低い、A=440HZで設計された楽器はA=442HZで設計された楽器より広いオクターブを持つということになる。

 また、ここでは簡単に「塞ぐ」としたが、厳密にはこれと関連して、唇から息が出るポジションから歌口の息が当たるエッジまでの距離(アパチュア)も大変重要な要素となるのだが、それはスケールへの影響というよりも「楽器をどう響かせるか?」ということとの関連の方が強そうなので、これ以上述べない方が良さそうだ。

 ということで、この章はこのあたりでおしまい。

(2000年12月16日 室長Kirio)

マルセル・モイーズ研究室

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